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【本気で映画レビューその1】 マイレージ、マイライフ

マイレージ、マイライフ (吹替版)

年がら年中出張でアメリカ全土を飛び回り、自宅に帰ってくるのは年間で数十日だけ。結婚もせず恋人も作らず親戚付き合いも避け、ひたすら自由で身軽に生きる男ライアン(ジョージ・クルーニー)。

 

会社の経費でホテル住まいのような生活を送りながら、同じく出張族の女性アレックス(ヴェラ・ファーミガ)と予定を合わせてはたまに一緒に過ごす。その関係も正式な付きあいではなく、あくまでその場限りの息抜き。

 

そんな主人公の気ままな生活に危機が訪れるところから、この映画のメインストーリーは始まる。ライアンの自由な人生を脅かしたのは、彼の務める会社に入ったばかりの新入社員ナタリー(アナ・ケンドリック)だった。

 

ライアンの仕事は「解雇通告人」…リストラ通告をしづらい会社の人間に代わって、首を切られる社員に「あなたはクビです」と告げる役目を請け負うというもの。ところがナタリーが「本社オフィスにいながら、パソコン越しに通告すればいい」と業務改革を提案したことで、ライアンの出張生活が終焉の危機を迎える。

 

ライアンは「この仕事は画面越しにできるほど簡単なものじゃない」と主張したことで、ナタリーに「目の前の相手に解雇を知らせる業務を実際に経験させる」ことになる。そしてこのことから、ライアンの人生も大きく変化していく。

 

 

【※ネタバレあり】

始めは「ダンディなチャラ男が主人公の気軽なヒューマンドラマ」だと思って見始めたこの映画。ところがいざ見進めてみると、思いのほか自分の人生を見直してしまうような説得力とカタルシスがある作品でした。

 

身軽に自由に、ただしその代償として孤独に生きるライアン。彼の人生に数少ない癒しとして関わるアレックス。ライアンに解雇を通告され、呆然とした表情を見せるリストラ社員たち。仕事を通して、最後に意外な決断を見せるナタリー。この映画の中には、とにかくものすごい数の「人生」が詰まっています。

 

ほんの数カットしか登場しない脇役のリストラ社員たちですら、表情や言葉の端々から人間一人分の人生の厚みを伺わせます。クビを通告されて「うちの子どもたちの生活はどうなる」「医療費はどうなる」「明日からどうやって暮らしていけばいい」とうろたえる様を見て、「解雇通告なんてパソコン越しにマニュアル通りやればいい」と考えていたナタリーがうろたえるのが印象的でした。

 

それに対して、彼ら一人一人に真摯に言葉をかけていくライアンの姿も印象に残ります。一見すると軽薄で無責任な人間に見えるライアンですが、自分の仕事に対しては熱い姿勢を見せていました。

 

数々のリストラ通告の中でも、J・K・シモンズ演じる「ボブ」とのやり取りが特に印象的です。勤続30年のベテラン社員に対する残酷な解雇通知。ところが、悲観に暮れるボブの経歴書を見て、ライアンは彼が学生時代に料理人の資格をとっていることに気づきます。そこからのライアンの語りかけが、この作品の中で一番記憶に残りました。

 

「あなたは月給何ドルでシェフの夢を捨てたんですか?」「いくら資金が貯まったらこの仕事を辞めるつもりでしたか?」

 

そう揺さぶり、最後に「あなたは今からその夢を追うことができます」と語ります。

 

一人の人間に今までの人生の終わりを告げるライアンの仕事。ですが、ライアンはそこで終わらず、その人にこれからの新しい人生の可能性を提示していきます。中には救えない人もいますが、多くの人はどこか晴れやかな表情でライアンの前から退出していきます。

 

 

ストーリーには分かりやすい人生の教訓があるわけでも説教臭いメッセージがあるわけでもなく、ただそれぞれの人物の人生が動いて、流れていきます。それが淡々と描写されるからこそ、それを見つめる観客側も、つい自分の人生に重ねて考えずにはいられません。

 

そして、ナタリーの改革のせいで最後の出張になるかもしれない自分の仕事を通して、ライアン自身の人生観も変化していきます。

 

決まった自宅に定住して、毎日本社に出勤して、自分のデスクに就いて仕事を始める。そんな「ごく普通の」人生が迫ってきたことが、ライアンが自分の一人ぼっちの人生を見つめるきっかけになったのではないでしょうか。

 

さらに、ライアンが妹夫婦の結婚式に出席したことも、彼の人生観にさらに追い打ちをかけます。

 

ライアンは式の直前に怖気づいた新郎のジム(ダニー・マクブライド)を説得するとき、「これからの人生の幸せな場面を一人で迎えたいのか?」と語りますが、この言葉は、ライアン自身にも強く刺さったのではないでしょうか。無事に幸せになっていく妹夫婦を見て、ライアンの中の何かが決定的に変わったように見えました。

 

ところが、そうやって人生観の変わったライアンに待っている結末は、とても優しいとはいえないものでした。

 

意を決してアレックスを人生のパートナーにしようと、彼女のもとを訪ねたライアン。ところがアレックスには、彼女の帰りを待つ夫も子どももいました。ライアンは、自分がアレックスの人生の中の重要な一部にはなり得ない存在だったと突きつけられます。

 

それに続いて、ナタリーが通告を担当した女性が投身自殺したというショッキングな連絡が入ります。ナタリーはショックでその日のうちに辞職。「モニター越しの解雇通告」の案も立ち消えになります。

 

そして、最後の最後になって、ライアンにもとの「出張暮らしをしながら、一人で自由に気ままに生きる人生」が返ってきます。

 

人生を見つめ直して、変えようと決心して、結局はもとの場所に戻ったライアン。その寂しげながら晴れやかなラストカットの表情は、彼がそれまで解雇を通告して、そして悲観のどん底からすくい上げてきたリストラ社員たちとどこか似ていました。

 

一見すると何の意味もなかったように思えるストーリーですが、この「何もなさ」こそがリアルな空気感と独特の後味を作り上げているんだと思いました。人生の「所詮こんなもん」感を生々しくぶつけてくるエンディングには、不思議なカタルシスが漂います。

 

 

 

ひたすらにリアルな「人生」を描いて、その中でもがいて葛藤する人々を描く『マイレージ、マイライフ』。教訓があるようでなくて、ライアンの人生にも変化があるようで結局ありません。

 

ですが、そんな物語のラストとは対照的に、観客の心情にはたくさんの変化が残ります。ライアンとアレックス、ナタリーの人生を垣間見て、ライアンが解雇を通告した大勢の人々の変化を見ることで、思わず自分の人生まで見つめ直したくなるようなインパクトがこの映画にはありました。

 

『マイレージ、マイライフ』は生き方に悩んだ時に、登場人物たちの人生を通して自分の生き方について改めて考えられる、そんな映画です。

 

マイレージ、マイライフ (吹替版)