作品に流れる独特の空気感が魅力の人気小説家・伊坂幸太郎さん。実写映画化が多い作家さんなので、ふだん小説を読まなくても名前を聞いたことはある、という人も多いんではないでしょうか。
僕はあまり読書家な方ではないし伊坂幸太郎さんの作品もそんなにたくさん読んだというわけではないんですが、彼の作品の中でたまらなく好きな一冊があります。それがこの「終末のフール」です。
この作品に流れる雰囲気が自分好みすぎて、もう10年近く前に買ってからずっと手元に置いています。一時期本棚の整理として大量に本を手放しましたが、そのときにも手元に残したお気に入りの10数冊のなかのひとつです。
今回はこの小説を紹介します。
ストーリー
「8年後に地球に小惑星が落ちてきて、人類は滅亡します」という事実が発表されてから5年が経ち、小惑星衝突まで残り3年となった世界。
人類滅亡という衝撃事実に端を発したパニックや暴動は収束し、物資の不足など不便な点がありながらも日本は以前のような平和な状態を取り戻していた。
仙台の団地「ヒルズタウン」に住む人々は、ご近所同士として関わり合いつつそれぞれの残りの人生を過ごしていた。残り3年という限られた余生の中で、彼らは家族として、恋人同士として、友人同士として、時には悩みながら静かに生きていく。
感想
世界崩壊を前にしたいわゆる「終末もの」というジャンルは昔から一定数ありますが、この小説のように「人類滅亡前の一時的な小康状態」を舞台にした作品はかなり珍しいんじゃないでしょうか。
舞台設定の「5年前に小惑星の衝突が予告されて、残りの期間は3年」という絶妙な状況が、作中に漂う平和な雰囲気に説得力を持たせてます。
内容は、8つのストーリーが展開されるオムニバス形式の物語になっています。どの主人公も主な舞台となる「ヒルズタウン」に関わりのある人物なので、それぞれの登場人物が別の話にも少し顔を出したりします。
各ストーリーのタイトルは小説のタイトルにちなんで「太陽のシール」「冬眠のガール」など韻を踏んでいて、中には「天体のヨール」など無理やりなダジャレのものもあって笑えました。
世界の終わりの一歩手前を描いた作品としては異色な、静かで穏やかな雰囲気が作中に漂っているのが特徴です。小惑星衝突の予告から5年も経っているのでどのキャラクターも自分の運命を既に受け入れていて、どこか諦めたような雰囲気も感じられます。
「そう遠くないうちに自分は死ぬ」と分かっている人たちが集まったらどんな日常を送るのか。そんな他では見られない奇妙な平穏が淡々と描かれていて、「自分もこの世界に入ってみたい」とすら思えるようななんともいえない魅力があります。
そんな一見平和な光景の中にも、親が失踪して取り残された少年、両親が心中してしまい一人になった少女、5年前のパニックで息子を失った女性、猟銃を手に店を守るスーパーの店主など現実の日常にはない影が差しこんでいて、作中の平和は地獄と終末の中間にある一時的なものなんだと分からされます。
ほとんどのエピソードは大きな出来事もなく日常的な物語が淡々と続くだけの話ですが、どのキャラクターにも「3年後に自分は死ぬ」という事実があることでその行動や考え方にカタルシスが生まれていて、それだけでそれぞれのキャラが魅力的に感じました
とにかく作品全体に漂う独特の「空気」が印象に残ります。騒々しい午後が終わって真っ暗な夜が来る前の、夕方のわずかな時間の澄んだ空気と夕焼けを切り取ったような小説です。
まとめ
「終末のフール」のテーマは「世界の終わりの一歩手前」という決して明るい題材ではないながらも、穏やかな雰囲気が流れて読んでいてほっとするような作品です。
文体も読みやすくて、どのエピソードもスッと心に入ってきました。個人的には「冬眠のガール」と「演劇のオール」が特に好きだったかな。
現実と非現実の狭間を突いたような小説なので、変わり種の終末もの、変わり種の日常ものを読みたい人どちらにもおすすめできる作品です。