「ナチスドイツ」のホロコーストに代表される暴走は、近現代史のなかでも最悪の出来事でしょう。
当時のナチス党やドイツ軍のやばい奴らにスポットを当てて映画化した作品は数多くありますが、その中でもこの「ちいさな独裁者」は異色の作品です。
そして、「ナチスの台頭」がなぜ起こったのかを、僕ら一般人が体感しやすいミニマルな舞台で分かりやすく描いた作品でもあります。
終戦間際のドイツで起きた実在の人物による暴走から、「独裁者」の誕生と躍進の仕組みを生々しく感じ取ることができます。
「ちいさな独裁者」あらすじ
2018年 ドイツ
監督:ロベルト・シュヴェンケ
キャスト:マックス・フーバッヒャー、フレデリック・ラウ、ミラン・ペシェル、アレクサンダー・フェーリング
ナチスドイツの敗戦直前の1945年4月。所属部隊から脱走した上等兵ヴィリー・ヘロルトは、路上をさまよっていた際に破棄されたトラックから大尉の軍服を見つける。
遊び半分にその軍服を着ていたヘロルトだが、同じく路上をさまよっていた兵士に本物の大尉だと勘違いされたことをきっかけに、「ヒトラーから勅命を受けた将校」と身分を偽って敗残兵を集め、自身の部隊「ヘロルト戦闘団」を結成して権力を振るっていく。
その振る舞いは「脱走兵収容所で勝手に処刑を行う」など次第にエスカレートしていき……
「ちいさな独裁者」感想
「独裁者が生まれて栄えるまで」が手の届く範囲で展開される
ナチスドイツの人物を描く歴史映画では、ナチスやドイツ軍のトップ層を題材にするのが一般的です。その点で、無名の一軍人にフォーカスを当てた「ちいさな独裁者」はやや異色の作品と言えます。
ですが、その内容はかなり興味深いです(歴史の暗い一面を知れる、という意味でです)。
「本当にこんなやばい奴がいたんだ」という驚きはもちろんですが、この主人公ヘロルトの振る舞いと躍進が「独裁者が生まれて栄えるまで」というヒトラー台頭の流れをミニマルに再現してるように思えてしまいました。
そもそもナチス党が当時のドイツであんなに大きくなったのは、世界恐慌の中でドイツ国内の経済を立て直したからと言われてます。
まだユダヤ人迫害などの問題が大きくなる前で、あくまでナチスは「傾いていたドイツを再興させた政党」という扱い。国民から強い支持を集め、だからこそあそこまで権力を拡大させました。
そのナチスが暴走していった結果、第二次世界大戦という惨劇が起きたわけですが。
そんなナチス隆盛の流れを、ヘロルトの躍進はなぞっているように見えます。
まず、当時のドイツ軍後方は、本作で描かれるように軍紀も乱れ脱走が頻発するなど、かなり暗い雰囲気でした。敗戦が濃厚になってたから当たり前ですね。
兵士の士気が低いのはもちろん、それを管理する将校や下士官も「現場を管理しきれない自分たちは罰を受けるのではないか」とテンション下がり気味。
そこに颯爽と現れたのが「自分はヒトラー総統お墨付きの権限がある」と自信満々に語るヘロルト大尉。大胆に決断を下し、軍人たちに「何をすべきか」を指示します。そして、収容所にあふれかえった囚人を即決裁判で減らし、(少なくとも表面的には)問題を改善させていきます。
「自信たっぷりの立ち振る舞いでカリスマ性を発揮し、明確な決断力・実行力を見せ、目の前にある課題を(やり方はどうあれ)片づけ、自分の周囲には利益を享受させる」という流れが、ナチス台頭のときにそっくりではないでしょうか。
権力の使い方、勢力拡大のさせ方がまるでヒトラーのミニ版のようで、そんな点も「ちいさな独裁者」というタイトルに絡んでるのかな、と思いました。
これが「実話」という衝撃
にしても、主人公ヘロルトを見てると「こいつの肝っ玉どうなってんだ」と思わずにはいられません。
下っ端兵士たちを将校のふりしてだますのはともかく、同じ階級の将校に囲まれてもボロを出さないって凄まじいです。
だってよく考えてみてください。「20歳の新人バイトが管理職用の制服を勝手に着て、ほかの管理職に囲まれてもバレずにうまいこと話を合わせて、「社長の特命を受けてます」つって勝手に人員集めて自分の部署を作る」ようなもんですよ。
どう考えてもまともな精神力の若者ができることじゃありません。これが実話だというからほんとに衝撃です。
こいつが平和な時代に生まれてたら、敏腕セールスマンか役者として大成してただろうに、と思ってしまいました。
まとめ:観る価値のある一作
あくまで戦線の小さな一面での、一軍人の暴走を描くだけの小規模な作品ですが、「独裁者がどんなふうに誕生し、躍進していくのか」を誰もが分かるかたちで教えてくれる興味深い映画でした。
一般的な歴史映画、ナチスドイツを扱った映画としてはだいぶ毛色が違う作品ですが、一見の価値ありの良作だと思います。