Netflixオリジナル映画「アメリカの息子」。
これは凄まじい作品でした。無意識の偏見から来る言葉のひとつ、しぐさや表情のひとつが地獄のような口論を生み、「みんな平等!」を謳ってる現代においてもいかに「人種に引っ張られるイメージ」が残っているかを見せつける傑作です。
たった4人の登場人物の会話劇で見せる本作を詳しくレビューしていきます。
「アメリカの息子」あらすじ
2019年 アメリカ
監督:ケニー・レオン
キャスト:ケリー・ワシントン、スティーヴン・パスクール、ジェレミー・ジョーダン、ユージン・リー
ある雨の日の夜。18歳の息子の捜索を願い出るために警察署を訪れていた黒人女性は、白人警官から雑な対応を受けて不信感と怒りを強めていく。
途中、彼女の夫である白人男性が警察署に着くと、警官の態度は一変して捜索に協力的になる。その後も人種を理由とした軋轢が生まれていき……
「アメリカの息子」感想
「悪意」はないけど「偏見」はある
舞台は警察署の待合室のみ、登場人物は4人(主人公、その夫、白人警官、後から来る警部補)だけという超ミニマルな作りの本作「アメリカの息子」。
ストーリーの内容的には「息子の行方が分からない夫婦が警官に捜索を(強く)お願いする」というだけです。息子の行方を追うサスペンスではありません。夫婦が警官にお願いするだけ。
その過程で、「会話の中のちょっとした言葉に現れる人種への偏見」がまざまざと炙り出されていくのがメインテーマとなっています「ワンシチュエーション社会派ヒューマンドラマ」とでも言いましょうか。
本作の会話劇の中で見せつけられる人種への偏見は、凄まじい生々しさがあります。そして、さらにたちが悪いことに、登場人物たちに意図的な「悪意」が全くないことがさらに口論を地獄に変えます。
白人警官の「18歳の黒人青年が夜中に出歩いてるんだから、ただ友だちとつるんでるだけで事件性はないでしょ」というナチュラルな決めつけ。
白人の夫の「息子が黒人とのハーフだからと差別されないように、(白人のエリートのように)優れた学歴を与えよう」という親心。
主人公の黒人女性でさえ、「人種で扱いを変えられることがあってはならない」と固く願いつつも「南部の白人」への警戒心をむき出しに語ったかと思えば「黒人だからと怯えて生きろというの?」と激昂したりと、ナチュラルにアメリカ社会に根づく偏見に翻弄されています。
また、「白人にしいたげられる話」と思わせておいて、後半で登場する警部補(本作の中で一番立場が強い登場人物)が黒人男性だったりと、観ているこちらの意識すら翻弄する展開も印象的でした。
「警官が相手の人種を見て警戒度を変えるのは(警官本人の命を守るために)やむを得ない」という趣旨の発言を黒人の警部補の口から出させるなど、かなり緊張感のあるシーンも強烈に響いてきます。
ここまで来ると彼らの偏見は差別意識に基づくものではなくもはや「そういう文化・習慣」と呼べるレベルに根づいてしまってるし、実際に犯罪率など現実的なデータもあるだろうしで、「アメリカ社会に生きる黒人の母親」「ハーフの息子を持つ白人の父親」「現実的な命の危機と隣り合わせに生きる警官」それぞれの生きづらさを感じさせます。簡単に「生きづらい」なんて言葉で済ませていいものではないのでしょうが。
ブロードウェイ作品の映像化
この「アメリカの息子」、元々はブロードウェイの舞台演劇だったそうですね。
英語の原題で検索してみたら、監督も舞台版の演出家で、出演者も実際にブロードウェイで演じている顔ぶれみたいです。
舞台セットなども限りなく原作と同じで、本当に「ブロードウェイの舞台」を丸ごと映画に持ってきてます。
それもあって、出演者の演技力が半端ない。特に主演のケリー・ワシントンは凄まじい名演です。観てるこっちまで胸が張り裂けそうでした。
あと、夫役のスティーヴン・パスクァールはどっかで観た男前だなと思ったら「AVP2 エイリアンズVS.プレデター」の主人公のお兄ちゃんですね。経歴を見たら主に舞台で活躍するバリバリの演技派でした。実はすごい俳優だったのね。
(結末ネタバレ注意)会話劇の結末
これだけの地獄の会話劇をくり広げておいて、あまりにもあんまりな結末が待っているのもキツかったですね。
彼女たちの息子のジャマールは路上での聴取中に不幸にも亡くなっていたわけですが、その理由が「一緒にいた友人が逃げようとして発砲され、その流れ弾が頭に直撃」という。
現場で取り調べた警官も黒人だし、実際にジャマールの友人は不法行為を目撃されて追跡されてたわけだし、単に「友達の犯行と警察の追跡に巻き込まれただけ」。登場人物たちがさんざん人種について激論を交わしたこととは何も関係なく、不幸な事故が起こっただけというのが凄まじく後味が悪いです。
後半の一場面では、ジャマールたちが聴取されて発砲されるまでの一部始終がやじ馬によって撮影&SNS投稿されていた映像を観るシーンがありますが、その中の「おい!止まれ〇〇(超差別用語)!!」という男の声について、観客もナチュラルに「ああ、差別主義者の白人警官が撃ったのか」と捉えたでしょう。
それがただの野次馬の声だったと判明することで、ここにも無意識の偏見・決めつけが生まれてると気づかされました。
まとめ:この偏見が根差す社会はいつか終わるのか?
とにかくすべてが地獄のような映画でした。
90分間すべて会話劇のみで、しかもサスペンス的な驚きやエンタメ的な展開があるわけでもないのに、ここまで観客を惹きこませる演出と演技。さすがはブロードウェイの製作陣ですね。
観ているこちらも自分の無意識の偏見に気づかされて、おもわず耳を塞ぎたくなるような会話が続きますが、それこそが本作の狙いなんでしょう。
この地獄のような偏見が根深く残る社会はいつか終わるんでしょうか。数十年前とかと比べたら確実に改善されてるんでしょうが、まだまだ苦しんでいる人が大勢いることは知っておくべきだと思いました。
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