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「鑑定士と顔のない依頼人」感想・評価 "観る叙述トリック"って感じ(ネタバレなし)

鑑定士と顔のない依頼人(字幕版)

推理小説ならではの表現として「叙述トリック(一部の情報をさりげなく伏せて描写することで、読者の思い込みを誘導して欺く演出)」があります。ある意味で、文字情報のみの小説だからこそできる技法ですね。

この「鑑定士と顔のない依頼人」は、そんな叙述トリックを映像作品で再現したような味わいのミステリー映画でした。しっかり観ているつもりで、人間の視覚や判断力はこんなにもぼんやりしたものなのか、と驚かされます。

途中までネタバレなし、途中からネタバレありでレビューしていきます。

 

「鑑定士と顔のない依頼人」あらすじ

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2013年 イギリス

監督:ジュゼッペ・トルナトーレ

キャスト:ジェフリー・ラッシュ、ジム・スタージェス、シルヴィア・フークス、ドナルド・サザーランド

 

ベテランの美術鑑定士として名を馳せるヴァージルは、プライベートでは孤独を貫き、自宅の隠し部屋で女性の肖像画コレクションを眺めることを喜びとする奇妙な生活を送っていた。

ある日、ヴァージルは広場恐怖症で自室に閉じこもっているという女性クレアから美術品の鑑定依頼を受け、「依頼人と顔を合わせないまま」仕事を行うことになる。

かつてない形での仕事を進めていくうちに、ヴァージルとクレアには不思議な絆が芽生えていき…

 

「鑑定士と顔のない依頼人」感想

その手があったか…とため息が出た

超王道でストレートなミステリーサスペンスですね。まるでヨーロッパの推理小説を読んでるような感覚になります。

まず、映像美がとにかく素敵です。舞台となる屋敷や肖像画が並んだヴァージルの隠し部屋はもちろん、街並みや公園、レストラン、あらゆる場面がおしゃれです。この空気感があるからこそ、文学的ミステリーの雰囲気が際立ちます。

そしてこのストーリー。そして登場人物。なんて意地悪で残酷なんでしょうか。これだけ雰囲気に心地良さを感じさせておいて、とんでもない結末です。

言ってしまえば「胸糞系」のバッドエンド作品になるんでしょうが、なぜか「その手があったか…」と感心のため息が出てしまいます。まるで濃厚なスープを飲み干したあとのような感覚。

映像面の美しさはもちろん、ミステリーとしての内容の秀逸さがあるからこそですよね。物語の前提や描写に無意識のイメージづけをして信じてしまうからこそ、それを裏切られる真相がショッキングでした

この「無意識のイメージづけ」を誘導して騙してくるところが、小説の叙述トリックみたいだなぁ…と思わされます。「推理小説を観る」って感じ。

 

生暖かいラブロマンスのような見心地

ミステリーサスペンスとして面白いのはもちろん、人間ドラマ面もめちゃめちゃのめり込んじゃいました。登場人物みんな、キャラがすっごい生々しいんですよね。

特に主人公ヴァージルは「気難しい凄腕鑑定士」という表の顔と、「モテなくて孤独で奇妙な趣味(女性肖像画コレクション)をもった男」としての裏の顔の対比がいい意味で気持ち悪いです。一人の男の秘められた一面をマジマジと見せつけられる感覚が、隠れた性癖を目撃したみたいで嫌悪感と好奇心を煽り立てます。

依頼人クレアとヴァージルの関係性が、じりじりと着実に縮まっていくのも見どころ。「顔を合わせない」というマニアックさと距離感ゆえのプラトニックさが混ざり合って、絶妙に生暖かいラブロマンスに仕上がってます。

謎解きストーリーと並行して、「大人っぽい雰囲気を出しつつもどこかキモいラブロマンス」として楽しめるのもいいですね。

 

(ネタバレ)主題こそが観客を欺く罠

※ここから結末に触れるネタバレをします

言ってしまえば、「鑑定士と顔のない依頼人」というタイトル自体が最初で最後で最大の引っかけですよね。

「顔のない依頼人=広場恐怖症で人前に出れない女性」という劇中の説明に、「そういうことか!」と納得してそこで疑うのをやめてしまった人も多いんじゃないでしょうか。この大前提を信じ込ませてストーリーを進め、最後に土台からひっくり返すのが、秀逸だけど酷すぎます。ヴァージルが可哀想すぎて笑いすら出ました。

「顔のない依頼人」の前提を信じているからこそストーリーを生暖かいラブロマンス兼ミステリーとして楽しめますが、クレアもロバートもビリーもグルだった結末を知ってしまうと全てが無慈悲なクライムサスペンスに成り果てます。ヴァージルに恨みのあるビリーはともかく、ロバートとか「よく友人ぶってそんなセリフ吐けるな…」とトン引きするレベルでした。

クライマックスの種明かしでは、酷さよりも「そういうことか…」という驚きでミステリーとして楽しめましたが、この真相を知った上で頭から観たらただのボコボコ胸糞サスペンスになりそうですね…

 

まとめ:苦しくて切ない結末まで素敵

これだけ世界観や人間ドラマにのめり込ませた上でクライマックスでは全てを裏切ったのに、それでも世界観を崩し切らずにあのラストシーンに持っていくのは素晴らしかったですね。

ヴァージルの描写でキーとなる「一人でレストランで食事」という構図に立ち返りつつ、切なさと悲愴とほんのわずかな希望を匂わせて終わるのが素敵でした。ロケーションもまたハイセンスでいいんですよね。

最初から最後まで、濃厚にしっかり楽しめました。これぞミステリーって感じ。

鑑定士と顔のない依頼人(字幕版)

鑑定士と顔のない依頼人(字幕版)

  • 発売日: 2014/11/02
  • メディア: Prime Video
 

 

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