「実際の人質救出作戦を映画化」というノンフィクション作品の代表格は、やっぱりアカデミー賞も獲得した「アルゴ」ですよね。
イスラエル政府によるハイジャックテロへの対応を描いたこの「エンテベ空港の7日間
」も、テイストや演出、さらにはDVDジャケットまで「アルゴ」を意識してるように見えます。
が、そのクオリティも「アルゴ」みたいに高いかというと……必ずしもそんなことはないわけで。
堅実な作風でちゃんとまとまってる風に見えて、でもあんまり良作とは思えなかった本作を詳しくレビューです。
「エンテベ空港の7日間」あらすじ
2018年 イギリス、アメリカ
監督:ジョゼ・パジーリャ
キャスト:ロザムンド・パイク、ダニエル・ブリュール、エディ・マーサン、ドゥニ・メノーシェ、ベン・シュネッツァー
1976年、西ドイツのテロリスト2名とパレスチナの武装組織によって、多くのイスラエル人乗客を乗せた旅客機でハイジャックが発生。
旅客機はテログループと手を結んだウガンダのエンテベ国際空港に着陸し、乗客乗員たちは人質としてテログループやウガンダ軍に拘束される。
ところが、人質の扱いについてテロリストたちの間で意見の食い違いが発生し、現場の緊迫感はしだいに高まっていく。一方で、イスラエル政府は特殊部隊による人質奪還の計画を進めていき……
「エンテベ空港の7日間」感想
淡々と史実を描きたいのか、人物の内面に迫りたいのか
1976年に実際に起こったテロ事件と、その救出作戦。
背景にはパレスチナのイスラエルへの反発と西ドイツの左派過激派の暴走があったそうで、本作では「ドイツ人のテロ犯とパレスチナ人武装組織、ウガンダ軍が結託して犯行に及ぶ」という珍しい構図が展開されます。
作風はエンタメ性を極力排していて、犯人たちがテロに及ぶ描写も後半の救出作戦の描写も、派手さはほぼありません。サスペンス映画というよりは、かなり硬い歴史映画と言った方が正しいです。
が、そういう淡々と史実を綴った内容でありながら、ドイツ人の犯人2人と人質たちの内面に迫るヒューマンドラマ風でもあり、その2つの要素の間で演出の軸がぶれてるように見えました。
人質に対してかなり甘いドイツ人テロ犯ヴィルフリート、彼とは対称的に人質に厳しく接しようとするも、やっぱり情が出てしまう女性テロ犯のブリギッテ。彼らとやり取りする中心的な役割を果たす機関士のジャック。一方で救出作戦を進めるイスラエル政府高官たち。
クライマックスまでのほとんどの尺が彼らの内面描写や会話劇に費やされますが、そのドラマ描写は人物の内面に深く迫れてるというほどではなく「表面をなぞっただけ」に見えてしまいました。
一方で、ドラマ性を排したノンフィクション映画として見どころが多いかというと、こちらも微妙。事件の推移をそこまで細やかに描いてる感じではなく、全体的にわりとざっくりしたストーリー進行です。
クライマックスの救出作戦のシーンでも、元の事件のWikiを読んだら「イスラエル軍の誤射で人質3名が死亡」とあったのに、映画ではあたかもイスラエル軍が人質の無事を確保しつつテロリストを制圧したように描かれていて、「誤射」の部分はスルー。
テロリストの心情やイスラエル政府の黒い部分も見せつつ史実を冷静に中立に描く作風の映画として、そこのところはどうなの?と思えてしまいます。
ヒューマンドラマとノンフィクションサスペンス。この両方を狙ってあっさり描いたというよりは、「両方を盛り込もうとしたけどどっちも薄味になって、どっちつかずの曖昧な作風になってしまった」ように見えました。
キャストの演技力を持て余し気味に見えた
この脚本や演出の微妙な部分をある程度補ってるのが、キャストの演技力。
主演ポジションのドイツ人俳優ダニエル・ブリュールも、ハリウッドきっての実力派女優として有名なロザムンド・パイクも、どちらもナイスな熱演だったと思います。
あと、イスラエル国防大臣役のエディ・マーサンや、人質の一人で登場シーンの多いジャックを演じたドゥニ・メノーシェの存在感もかなりいい感じ。
この人たちのおかげで、ストーリーから体温や感情をそれなりに感じることができます。とはいえ、それだけで良作のレベルまで引き上げられてるかというと……いくらなんでも俳優各個人の努力だけでは限界がありますよね。
この俳優陣の実力がなかったら、もっとぶれぶれでバラバラな駄作になってただろうな、という印象でした。脚本や演出のバランスがよければ彼らの演技がもっと活きてたはずで、キャストの実力を製作陣が持て余してたように思えます。
なんていうか、悪い意味で「Netflixオリジナルの、そんなに話題にならない歴史映画」っぽさがありました。
映像はきれいだしストーリーも形にはなってるし、キャストもちゃんとしてし、良作と言える範囲内だけど、飛び抜けて面白いわけでも記憶に残るわけでもない作品、って感じです。「紅海リゾート」とか「 ベイルート」とかそのへん。
余談ですが、主演のダニエル・ブリュールとジャック役のドゥニ・メノーシェはどちらも「イングロリアス・バスターズ」に目立つ役どころで出演してましたね。出番が序盤と終盤なので撮影で直接会ってはないでしょうが……
ダンスとアクションの融合演出は効果的なのか?
演出の中で一番気になったのが、人質救出作戦のシーンにコンテンポラリーダンスの映像を挟むところ。
登場するのはイスラエルの劇団だそうで、演目も有名な作品みたいなので、これらの背景を知ってたら(それこそイスラエルの人とかは)より意味が分かるのかもしれません。が、そういうのに疎い身としては「この演出って効果的なのか……?」と思ってしまいました。
単純に、あんまりかっこいい演出だとは思えなかったんですよね。ダンス映像を挟むストーリー上の理由づけとして「突入する特殊部隊員の恋人がこの劇団の演者」というかなり強引な絡め方をさせてるのも違和感がありました。
ほぼ脇役と言ってもいい兵士の、さらにその恋人をわざわざピックアップして、彼女が自分の演技に悩むシーンとか必要か?と思わずにはいられませんでした。
まとめ:悪い作品ではないと思うけど……
駄作とまでは思いませんが、演出に歪な部分が多すぎて、引っかかりを感じながら観ることになりました。
この事件に大きく関わったイスラエルにとってはもっと意味のある作品なのかもしれませんが、ノンフィクションサスペンス映画としては単純にあまり面白くありません。
これを観るくらいならもっと映画として面白い歴史サスペンスはたくさんあるし、事件について知りたいならそれこそWikipediaを観れば十分かな、と思ってしまいます。