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【感想解説】アニメ『86 エイティシックス』は視聴者の察しの良さが問われる作品だ【ネタバレレビュー】

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原作は安里アサト氏による大ヒットSFライトノベルで、電撃大賞の大賞受賞作品。

ハードなディストピア世界を描くSFメカニックアニメとして話題沸騰中の『86 エイティシックス』ですが、その評価はけっこう賛否両論。

極端に評価が分かれていることからも「好きな人はめちゃめちゃ好きだけど、ピンとこない人はとことん楽しめない」作品だと言えます(筆者は原作含め個人的に大好きです)。

そんなアニメ『86 エイティシックス』は、観る人の"察しの良さ"が問われる作品なのではないかと思いました。その魅力のポイントや、原作未読勢からよく挙がる疑問点の解説をまとめていきます。

 

『86 エイティシックス』あらすじ

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【第1クール】

ギアーデ帝国の無人兵器・レギオンが周辺国家への侵攻を開始して9年。サンマグノリア共和国は85の行政区画を要塞で囲い、その外「86区」に無人戦闘兵器ジャガーノートを配備することで、「戦死者ゼロの戦場」を実現した。

しかし、実際は銀髪と銀の瞳を持つアルバ以外の人種を「人間ではなく人型の豚」と定義してエイティシックスと呼び、彼らを無人機の「パーツ(プロセッサー)」として搭乗させ、使い潰すことでかろうじて国防を果たしていた。

アルバでありながらエイティシックスの扱いに疑問を抱く少女レーナは、最年少16歳にして共和国軍の少佐の階級を持ち、エイティシックスの戦隊を管理するハンドラーになる。

ある日、レーナはエイティシックスの最精鋭スピアヘッド戦隊の管制を務めることになる。そこにはエイティシックスたちから「死神」と呼ばれ、「アンダーテイカー(葬儀屋)」の二つ名を持つプロセッサー・シンがいた。

 

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【第2クール】

片道切符の特別偵察任務の果て、ギアーデ連邦に辿り着いたシンたち。

保護を受け、平和な生活を与えられた彼らだったが、エイティシックスの矜持を守り、レーナとの約束を果たすために再び戦場に舞い戻る。

さらに、レギオンを生み出したギアーデ帝国の皇帝一族の遺児であり、異能を持って生まれたフレデリカと関わることで、シンの心にも変化が生じていく。

シンたちが新型フェルドレスのレギンレイヴを駆り、仲間からも「化け物」と呼ばれながら戦い続ける一方で、レーナは共和国で熾烈な戦いを続け「鮮血女王(ブラッディレジーナ)」と呼ばれるようになっていた。

東と西でそれぞれの戦いに臨むシンとレーナだったが、ある日レギオンが周辺の残存国家を一気に滅ぼしにかかる大攻勢を開始し……

 

『86 エイティシックス』の魅力・見どころ・特徴は?

対比や暗喩を用いた繊細で奥深い演出

『86 エイティシックス』の評価ポイントとして話題になっているのが、繊細で奥深い演出の数々。

 

まず1クール目では、全編を通して「共和国1区にいるレーナの視点」「86区にいるシンたちの視点」の対比が印象的に描かれています。

この対比があることで、「レーナは残酷な戦場を決してその目で見ることはない=どれだけ頑張ってもシンたちと同じ立場には立てない・真の仲間にはなれない」ことがどこまでも突きつけられます。

「死にたくない」の声が多くの人にショックを与えたカイエ戦死シーンさえついにはっきり描写されることはなく、そのことがかえってレーナにも視聴者にも彼女の死を脳裏にこびりつかせる結果になったりと、対比の構図が上手く活きていますね。

他にも、レーナとアネットのおやつシーンは「華やかで綺麗だけど合成食料を使ったまがい物」で、シンたちスピアヘッド戦隊の食事シーンは「汚れた食堂と食器だけど畑や家畜小屋でとれた本物の食材が使われている」という違いがあって、空虚な共和国人の生活と、戦場の中に確かに命の輝きがあるエイティシックスの生活を対比しています。

 

そんな対比の演出は2クール目にも各所に活きていて、特にエイティシックスを「庇護すべき可哀想な子どもたち」と見る連邦市民と、その同情を冷めた心で無視するシンたちの温度差が印象的です。

また、連邦市民はシンたちに同情的な一方で、戦場でシンたちの異様な戦いぶりを見る兵士たちは「化け物」と容赦なく呼んでいる落差もポイントですね。

サンマグノリア共和国と連邦は「駄目な国といい国」の対称的な構図のようで、根幹にある「人は異質なものを嫌悪する」という真理が変わらないのが虚しいです。

 

対比以外にも、細かな演出が視聴者の心をくすぐってきます。

たとえば再序盤1話では、「食べ物が落ちる」演出が日常と戦場の切り替えの起点になっていて、油断していたらゾクッとさせられました。

他にも、エイティシックスたちが自分たちの命の安さ・儚さを語るシーンで桜や蝉など、短命の象徴である動植物が印象的に映し出されたり、レギオンによる人間の脳の鹵獲を話題にしてるときにクルミを齧るネズミが映ったり。

「最後の任務の日が晴れるように」とクレナが願って作ったてるてる坊主が、まるで絞首刑の死体のようにも見えたり。

シンが「エイティシックスは墓がない」という話をしているときにレーナが戦死した共和国軍人の墓地にいたり。

11話で整備班長アルドレヒトがアルバであることをレーナに明かしますが、実はシンたちの旅立ちの前に彼らの前でサングラスを外すカットがあったり。

さらにレーナの部屋に飾られている花、シンが読んでいる本、スピアヘッド戦隊の兵舎に張られたポスター……挙げればきりがありません。

 

2クール目では、13話でアンジュがセオと将来のことについて話しているシーン、その背景に青銀の髪の少女(アンジュ似)と金髪の青年(ダイヤ似)が歩いていく演出がシニカルでした。

しかもこのアンジュ似の少女、髪が短いんですよね…

アンジュは背中の傷を隠すために髪を伸ばしてるけど、差別を受けることなく連邦で生きてきた少女には、髪を伸ばす必要性がない。同じ民族なのに、生まれた場所が違っただけでこれほど差がある。それをさらっと仕込んでくるのが壮絶です。

14話のユージンの最期も、「また後で」からのカットの入り方は鳥肌ものでした。

16話でシンが読んだ手紙の正体が17話でニーナからの糾弾のメッセージだと明かされたり、

同じく16話で戦いに飲まれたシンを象徴する目の下の傷からの出血が、17話では血の涙のようなカットで映されていたり、巧みな演出を挙げればきりがありません。

こういう「気づいたら鳥肌」「タイミングが絶妙過ぎて鳥肌」みたいな仕かけを入れるのが制作陣は本当に上手ですね。

 

描写の時系列にもこだわりが見られますね。

レーナの視点から見たストーリーをシンの視点からももう一度描いたり、あえて後半で明かされる世界観設定があることで「そういうことか!」と視聴者を驚かせたり。

後半まで観てから前半のエピソードをもう一度観ることで気づかされる伏線も数多くあります。

ユージンとシンの関わりの描写は、原作とはかなり時系列が整理されてたりと、アニメ化に合わせて視聴者の感情移入をしやすくするアレンジもありました。

 

 

技巧的な演出が多いが故に「分かりにくさ」も

このように制作陣の凄まじいこだわりが見える演出を散りばめた『86 エイティシックス』ですが、くり返してじっくり観ることで気づく面白さがあるということは、逆に言えば「一回さらっと眺めるだけでは気づけない魅力も多い」ということ。

その点で、気楽にサクッと楽しめる作品が好きな人にとっては「分かりづらい」「地味」「めんどくさい」アニメだと感じられるみたいです。

だからこそ、本作はある意味で「制作陣の演出の意図を察して楽しめるかどうか、好みや相性が分かれる」作品と言えるんじゃないでしょうか。

 

また、作品テーマも歴史上の史実を反映していて、さらにそれをはっきり明示はされないから視聴者が自力で気づけるかに作品の理解度が左右されたりと、知識と理解が問われます。

本作を「進撃のパクり」「亡国のアキトのパクり」と鬼の首取ったように騒ぐ人がいますが、似ているのも当然と言えば当然。その根底にあるテーマや参考にしたであろう史実が同じだからです。

『86 エイティシックス』やそれらの作品に影響を与えているのは、おそらく大戦中の実際に起こった人種隔離・迫害政策。

ナ〇スによるユダヤ人のホロコーストや、アメリカでの日系人強制隔離などが題材になっていると思われます。

テーマ的に同じルーツを持つから似ているだけであって、それを安直に「〇〇をパクった!」と騒ぐのはちょっと幼稚すぎますね。同じ戦国時代をテーマにしてるからって「大河ドラマは過去の作品をパクってる!」とか言わないでしょ?それと同じ話です。

 

ちょっと話が逸れましたが、つまり本作は確かに演出を凝っているが故の「分かりにくい」部分もあります。

個人の好みの話になりますが、この良くも悪くも分かりにくい部分を「味わい深さ」と見るか「面倒くささ」と見るかで評価が分かれるところでしょう。

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アニメ『86 エイティシックス』のよくある疑問点解説(ネタバレあり)

ここからは、原作勢の視点で、アニメから本作に入った方向けによくある疑問点を解説していきます。こういう細かいポイントは、原作小説を読むとより理解が深まります。

エイティシックスたちはどうして反乱を起こさないの?

エイティシックスたちの乗るジャガーノートの整備物資やパーツ、弾薬、燃料、さらには彼らの食料は、全て共和国内で製造されて送られています。反乱すればそれらの供給を断たれます。

また、86区の背後にあるのは、まだ戦えない幼いエイティシックスたちの収容所です。エイティシックスが戦いを止めれば幼い弟妹たちが真っ先に死にます。

さらに、その収容所と共和国85区の間には、対戦車地雷や対人地雷が敷き詰めてあります。これはレギオンではなく、エイティシックスたちの逃亡や反乱を防ぐためのものです。

前方にはレギオン、後方には幼い同胞と地雷地帯と補給源。エイティシックスは反乱を起こせません。

戦いを放棄してレギオンの侵攻を許せば、自分たちも死ぬ代わりに共和国を滅ぼすこともできますが、そういう安易な復讐をしたら白ブタどもと同じになるから絶対にしない、最後まで戦う……というエイティシックスの誇りを、第7話でライデンが語っていましたね。

 

エイティシックスはなんで子どもばっかりなの?

レギオンの侵攻が始まって9年。最初にエイティシックスの親世代が、次に兄姉の世代(シンの兄のレイもそうですね)が戦って全滅しました。

次がシンたち10代前半~半ばの順番で、まともに戦えるのはシンたちの世代が最後です。

 

レーナ(ハンドラー)の管制いらなくない?

ハンドラーはそもそも、エイティシックスのプロセッサーを管制してサポートする役割ではありません。それは名目上だけのものです。

本当の目的は、「エイティシックスたちの監視」。彼らがちゃんと戦っているか、玉砕覚悟の反逆を計画していないか見張るのが仕事です。戦術的な支援をすることは最初から考えられていません。

 

どうして戦闘機やヘリやミサイルなどの航空支援の概念がないの?

空を埋め尽くすほど飛んでいる電波攪乱型のレギオン(蝶々みたいなやつ)のせいです。

あれが電波を攪乱するからミサイルなどは無意味。ハンドラーとプロセッサーの通信も意識を同調するパラレイドが使われています。

また、電波攪乱型は大群で飛行機のエンジンやヘリのプロペラに突っ込んで来るので、そういう航空兵器もつかえません。

そういう航空機やヘリは、内地から86区への輸送に使われるくらいです。

 

レギオンはなんで無限涌きするの?

原作では言及がありますし登場もしますが、工場型のでーーっかいレギオンがいます。金属資源を採掘したり、撃破された機体のパーツなんかも再利用したりしつつ、どんどんレギオンが作られています。

また、レギオンは睡眠も食事も休憩もいらないので、休みなく動ける分同数でも人間の方が不利です。

 

エイティシックスを使い潰す共和国の戦略おバカすぎない?

共和国は「レギオンは電子回路の寿命であと2年で全停止する」と信じてます。なので、エイティシックスの生き残り人数的にちょうどあと2年持つからいいやー、と思っています。

逆に、レギオンが全停止して戦争が終わったとき、それで共和国以外にも生き残っている国があったとき、それらの国から「お前らえげつない人種差別政策をしてアルバ以外の人種を迫害したらしいな?」と言われると共和国は困ります。

なので、迫害政策の生き証人であるエイティシックスには全滅してもらう方がいいと共和国は思っています(8話でカールシュタール准将がこの理屈のもとで喋っていましたね)。

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「駄作機」って言われるわりにジャガーノート強くない?

シンが異常なだけです。

シンの戦い方は、彼の腕と異能があるからこそです。ジャガーノートにはプロセッサーと機体を保護するためにリミッターがかかっていますが、シンはそれを勝手に解除して機体の限界まで駆動させてます。

本来、ジャガーノートは大きな跳躍なんてできません。戦闘シーンをよく見たらシンの機体だけ派手に飛び跳ねてます。

そうやって乱暴に乗り回すせいでシンはいつもジャガーノートの関節をぶっ壊しては、整備班長アルドレヒトから怒られてます。

原作では、あまりにもジャガーノートを壊すシンのために、スペアが2機常備されてる描写がありました。

さらに、シンの異能のおかげで遥か遠くまで敵の正確な位置と数が分かり、スピアヘッド戦隊は無駄のない連携をとって互いをカバーしながら戦えます。

もともとベテランの精鋭ぞろいで、さらに超正確レーダーみたいなシンの異能があるからこそ、スピアヘッド戦隊は2話であれだけ戦えてました。

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アルバがいきなりエイティシックスを一斉に迫害するとか非現実的じゃない?

ナ〇スもいきなり一斉にユダヤ人を迫害したし、アメリカも「日系だから怖い」っていう理由だけで太平洋戦争時に日系アメリカ人を収容所送りにしました。

史実でもそんなもんだったから、フィクションの世界でも十分に起こり得ることでしょう。

もちろん、アルバの中にもエイティシックス迫害は間違っていると考えて行動した人もいます。ライデンを庇っていた老婦人とか、セオの上官だったアルバの隊長とか、シンを助けてくれた神父さんとか。

 

シンたちはどうやってギアーデ連邦に辿り着いたの?

アニメ12話(第2クール1話)でははっきりとは描写されていませんが、シンの兄のレイのおかげです。

シンによって破壊されたレイは、レギオンの自動防御プログラムによって別のディノザウリアに意識をコピーして移されていました。

しかし、破壊寸前での移行だったので不完全な意識をコピーされ、自我の崩壊が近いことを悟ったレイは、身を挺してシンたちを庇い、ギアーデ連邦に届けて力尽きました。

12話でエルンストと参謀が、奇妙なディノザウリアの残骸について話しているシーンがありましたね。あれがシンたちを運んだレイです。

このあたりは原作でより詳しく語られています。

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アニメ『86 エイティシックス』の感想解説まとめ

いい意味でも悪い意味でもクセのある作風が特徴の『86 エイティシックス』。筆者は個人的にとても好きな作品ですが、確かに万人受けしない要素も多分に含まれると思います。

視聴者の側にも理解・考察が求められるので、これを受け入れられるかで評価が分かれるのは、仕方ないのかもしれません。

また、アニメと併せて原作を読んでこそ見えてくる景色もあります。よければこちらも手に取ってみてください。

 

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